会話やYouTubeを見ていると、
話の流れでふと出てくる言葉。
「なにか匂いますね」
そのワードを聞くと、
ドキッとしてしまうのは
きっと私だけなんだろうな、と思う。
年齢的に、無理がきかなくなってきた。
まだ動けると思っていても、
気持ちはそうでも、
体はそうではない。
心と体のギャップがある。
そんなに若くないんだなぁと、
思い知らされる。
でも、
目の前の出来事は逃げないし、
ちゃんとそこにある。
だから、
無理しなくても大丈夫だな、と思う。笑
私のカバンは、とにかく重い。
理由はシンプル。
体臭対策グッズが入っているからだ。
汗拭きシート。
水分を含んでいるから、これがなかなか重い。
今のお気に入りはシーブリーズ30枚入り。
仕事の日は無香料を選ぶ。
お手製のミョウバン水。
30mlのスプレーに入れて持ち歩いている。
あとは、
化粧ポーチ、
財布、
スマホ。
これはみなさんと同じ。
でも、
消臭対策グッズが加わるだけで、
カバンはずっしり重くなる。
今日も肩が悲鳴をあげている。
心は、前より軽くなったのに。
カバンは、まだ重い。
若い頃の私は、
「これやりたい!」と思ったら
すぐ飛びつくタイプだった。
勢いで始める。
でも、やってみると
「あれ?なんか違う」
と感じて、やめてしまうことも多かった。
たぶん、
そこまで深く知りたいわけではなく、
うわべだけ触れて満足していたんだと思う。
だけど、
本当にやりたいことは違った。
私はリラクゼーションの揉みの仕事に
どうしても就きたくて、
研修所の門を叩いた。
最初の研修所は若い子ばかり。
当時私は40代。
体臭のことも気になり、
女子が多い環境にストレスも感じて、
結局そこは挫折した。
それでも諦められなかった。
どうしても揉みの仕事がしたくて、
別の研修所へ行った。
そこはお店が先行投資で
研修中も時給が出る環境だった。
年齢的な不安もあったけれど、
とにかく丁寧で、
体の使い方を細かく教えてくれた。
普通は1ヶ月で卒業するところ、
私はなんと3ヶ月かかった。
オーナーに
「前代未聞だよ」
と言われるほど。
正直、恥ずかしかった。
でも、
時間がかかってもいい。
ちゃんと覚えたい。
そう思えた。
今はその仕事には就いていないけれど、
体はちゃんと覚えている。
やりたいことは、
時間がかかっても
やりたい。
私は、
本気のものだけは
手放さない人なんだと思う。
車を運転していると、いろいろな景色が目に入ってくる。
私は結構、「かわいい」と思う瞬間に出くわす。
楽しそうにおしゃべりしているおばちゃん二人組。
なんだか無邪気で、かわいい。
若いママと小さな子ども、そして犬の散歩。
もう、たまらなくかわいい。
おじいちゃんと犬の散歩もいい。
ゆっくり歩く姿が、なんとも言えずかわいい。
私が右左折するとき、横断歩道を慌てて渡るおばちゃん。
そんなに急がなくていいんだよ。
歩行者優先やし、大丈夫やで。
ぺこっと頭を下げてくれる。
その仕草も、またかわいい。
動物のテレビや動画なんて、もう完全にやられる。
世の中には、思っている以上に
「かわいい」が転がっている。
気づけるかどうか、それだけなのかもしれない。
タイトルは「寝違えた」だけど、
実は寝ている時ではない。
お風呂で体を洗っている時のことだった。
私は石鹸をネットで泡立てて、手で体を洗っている。
その日もいつものように背中を洗おうと、
思いきり手を伸ばした。
その瞬間。
左の肩甲骨から肩、そして左胸まで
ビキッと激痛が走った。
「痛い〜!」
寝違えたような、筋を違えたような、
一瞬で固まる痛み。
でも体はまだ泡だらけ。
洗っていない部分もある。
痛い中、続行。
半泣きで洗い終え、
どうにかお風呂から出て体を拭き、
下着をつけ、寝巻きに着替えた。
なぜ、あんな無理な動きをしたのだろう。
翌朝になっても、
左を向くとまだ痛い。
これ、寝違え…なのか?
私は映画やテレビで衝撃的な場面を見ると、
まるで自分のことのように
体が反応してしまう。
ハラハラ。
ドキドキ。
心臓がバクバクする。
実際に起きているわけではないのに、
自分がその場にいるかのように
感情移入してしまう。
これは昔からだ。
若い頃、サスペンス映画を観に行ったとき、
私はぐったりしてしまった。
一緒に行った人に
「映画やで?実際に起こってないやん」
と心配されたこともある。
そのときは、
なぜ自分がこんなに反応するのか分からなかった。
今はもう分かっている。
私は、入り込みすぎる体質なのだ。
だから、できるだけ観ないようにしている。
でもスポーツ観戦でも、
予期せぬアクシデントを見ると
やっぱり自分ごとのように痛くなる。
心が、忙しい。
こんなふうになる人、
他にもいませんか?(笑)
私はこのブログを書く時間が好きだ。
毎日、自分の気持ちに向き合い、
頭の中にあるものを吐き出している。
書き始めると止まらなくなる。
集中すると夢中になり、
時間を忘れて書き続けてしまう。
書き終えた直後は、スッキリしている。
心の中が整理されたような感覚。
だけど、しばらくすると
どっと疲労感が押し寄せてくる。
エネルギー切れ。
「あれ?さっきまで元気だったのに」と思う。
きっと、脳がフル回転しているのだろう。
バグっているというより、
使い切っているのかもしれない。
好きなことでも、
ちゃんと体力は使う。
だから今日は、
書いたあとは少し休もうと思う。
私は毎朝のルーティンがある。
起床したら、まず白湯を飲む。
何も入れない、ただの白湯。
そのあと、室内ウォーキングを30分。
続いてトイレ掃除。
洗濯物を干す。
そして瞑想。
…瞑想は、なかなかうまくできないけれど。
最初は健康のためだった。
何も運動していなかったので、
「何かしなくては」と思い始めた室内ウォーキング。
最初の3日間は正直つらかった。
早起きもしなければならない。
でも、やり続けているうちに慣れてきた。
気づけば、それは当たり前になっていた。
白湯も、
トイレ掃除も、
同じようにルーティンになった。
若い頃の私は、
「これを続けよう」と決めても
三日坊主ばかりだった。
ルーティン化なんて、無理だと思っていた。
それが50代を過ぎてから、
続けることが苦ではなくなった。
なぜだろう。
人生の時間が限られていると、
どこかで実感し始めたからかもしれない。
時間を大事にしたい。
そう思うようになったからかもしれない。
だけど不思議なことに、
勉強だけはルーティン化できない。
始めようとは思う。
でも、続かない。
なぜなんだろう(笑)
まだ、伸びしろがあるということにしておこう。
私はとがったものがあまり好きではない。
子どもの頃、散らかった机の上で
転がっていた鉛筆に手をつき、
芯が手のひらに刺さったことがある。
それ以来、鉛筆は筆筒(今時あるのか?)芯を下にして入れる。
とがっているものは、どこか緊張する。先端恐怖症かも
それは物だけでなく、
人もそうかもしれない。
ツンツンした人、
言葉が鋭い人、
どこか角が立っている人は少し苦手だ。
だから私は、まるいものが好き。
ボールとか、
ぽっちゃりした人とか、
やわらかい空気を持っている人とか。
そして、ひらがなも好きだ。
カタカナは、どこか硬くて
少しだけとがって見える。
ひらがなは、まるい。
やわらかい。
安心する。
もしかしたら私は、
ずっと「まるいほう」を選びながら
生きてきたのかもしれない。