私は、
話したことや、
自分がした行動に対して、
「あれで良かったのかな?」
「これで良かったのかな?」
と、
あとからずっと考えてしまう性格だ。
人はたいてい、
自分のことで精一杯で、
そこまで他人のことを
考えていないのだろう。
頭では、
そう分かっている。
それでも、
「失礼なことを言ってしまったかな」
「次に会う時、大丈夫だろうか」
「気を悪くさせていないかな」
そんなふうに考えてしまう。
こういうふうに、
あとから引きずってしまうことって、
ありませんか?
私は、
話したことや、
自分がした行動に対して、
「あれで良かったのかな?」
「これで良かったのかな?」
と、
あとからずっと考えてしまう性格だ。
人はたいてい、
自分のことで精一杯で、
そこまで他人のことを
考えていないのだろう。
頭では、
そう分かっている。
それでも、
「失礼なことを言ってしまったかな」
「次に会う時、大丈夫だろうか」
「気を悪くさせていないかな」
そんなふうに考えてしまう。
こういうふうに、
あとから引きずってしまうことって、
ありませんか?
朝、事務所に入った時、
4〜5人ほど人がいた。
そのうち、
マスクをしている人も、
していない人もいた。
私が入ったあと、
気づけば皆、
マスクをしていた。
理由は分からない。
たまたまかもしれない。
それでも、
一瞬、胸がぎゅっとなった。
「あ、もしかして…」
そんな考えが、
頭をよぎってしまった。
こういう瞬間が、
ときどき、
生きるのを少し
つらく感じさせる。
たぶん、
気にしすぎなのだと思う。
それでも、
心が勝手に反応してしまう日もある。
小学生の頃の私は、
周りの目なんて
まったく気にしていなかった。
人がどう思うかも、
深く考えたことはなかった。
それが中学生になると、
一気に変わった。
とにかく周りの目が気になって仕方がなかった。
体臭のこともあったと思う。
よく見られたい。
嫌われたくない。
かっこ悪いところを見せたくない。
好きな人ができれば、
少しでも自分を良く見せたくなる。
今思えば、
いかにも青春時代だなと思う(笑)
30代になり、結婚すると、
気にする対象はさらに増えた。
義父母のこと、
夫の会社の人のこと、
ご近所さんのこと。
数え出したら
キリがないほど、
あらゆることに気を遣っていた。
でも、歳を重ねるにつれて、
ふと気づいた。
以前なら気にしていたことが、
だんだん面倒に感じるようになってきたのだ。
「ずーずーしくなった」と言えば
それまでだけど、
気にしないというのは、
こんなにも楽なんだと知った。
なんで、
あんなに気にしていたんだろう。
今になって、
どうでもよくなったことが
たくさんある。
若い頃と比べて、
おばさんになると
気にしなくなる。
それはきっと、
鈍くなったのではなく、
必要のないものを
手放せるようになったからなんだと思う。
焦ると汗をかく。
……韻を踏んでるけど、これは冗談。笑
私が焦るのをやめた、もう一つの理由は、
焦った時にやったことは、
だいたい間違えたり、
見落としたり、
雑になったりして、
あまり良い結果にならないと
気づいたからだ。
車を運転している時もそう。
ものすごいスピードを出しても、
信号待ちで止まった時、
後ろを走っていた車が、
普通のスピードで、
結局、追いついてくる。
「あ、焦っても同じ時間なんだな」
そう思った。
だったら、
普通にやればいい。
同じ時間なら、
落ち着いてやったほうがいい。
まさに、
急がば回れ、ということだ。
以前の私は、
用事に対して
「早めに済ませないといけない」
という、
強迫観念のようなものに
いつも追われていた。
でも、
焦っても、
結局は普通に
用事は済む。
それなら、
焦る必要はないのだと
気づいた。
焦るのをやめたら、
心も、
少し軽くなった。
焦っている時は、
心臓がバクバクして、
落ち着かない。
結局、
何もいいことはない。
私は、
友人がいない。
その分、
自分の時間がたくさんある。
…と言うと、
少しおかしく聞こえるかもしれない。
周りには家族がいる。
友人はいない。
時々会う人はいるけれど、
頻繁に連絡を取り合う
友人はいない。
だから、
時間は、
自分のために
たっぷり使える。
時間は有限。
私は50代。
自分の心のままに、
ありのままで、
やりたいこと、
行きたいところ、
食べたいもの。
自分が好きなことを、
大切にして生きたい。
後悔しない人生を
進みたい。
やりたくないことは、
しない。
ひとりの時間が多いから、
楽しいことを
いっぱいやるよ〜。
今までの私は、
人の気持ちが読めるほうだと思っていて、
本当に、物凄く気を遣って生きてきた。
もちろん、
体臭のことも大きな理由のひとつだ。
相手がどう感じているのか、
嫌な思いをしていないか、
空気が変わっていないか。
いつも、
無意識にそんなことを考えていた。
でも最近、
人に気を遣い、
相手の思惑に沿って共感することに、
少し疲れてしまった。
ふと、思った。
人は、
私が思うほど、
そこまで深く考えていないのかもしれない。
良かれと思ってやったことも、
相手にとっては、
ひょっとしたら迷惑かもしれない。
正解なんて、
結局、分からない。
だから最近は、
相手の気持ちより、
自分の感覚を
少し大事にしてみようと思っている。
最近、
胸がザワっとする出来事があった。
以前の私なら、
そのザワついた気持ちを
しばらく引きずっていたと思う。
何をしても、
なかなか気持ちが晴れず、
ずっと心の中に残っていた。
でも今回は、
その出来事が起こった時に、
ふと、こう思った。
「これって、
私、神さまに試されてるのかな?」
そう思った瞬間、
「あーあ、
まだまだだなぁ」
と、
自分を少し引いた目で
見ることができた。
すると、
気持ちがスーッと引いて、
冷静になれた。
とはいえ、
瞬間湯沸かし器みたいに、
ボッ!と
火がつく時もある。
やっぱり、
まだまだ修行が足りないなぁ。
そして私は、
どこに向かっているのだろう。
…笑
私は、人に対して
あまり期待もしないし、
当てにもしていない。
なぜなら、
自分が思った通りに、
人は動かないからだ。
いつから
そう思うようになったのか。
はっきりとは覚えていないけれど、
きっと、
幼少期からかもしれない。
仕事は、基本ひとりで動く。
同僚はいるけれど、
その日その日で、
仕事の件数も内容も、人それぞれだ。
だから、
横のつながりは、
どうしても薄くなる。
それでも、
何人か親しい人がいて、
状況を話し合ったりすることはある。
ただ、
「どこまで終わった?」とか
「あと何件?」とか、
そういうことは、
あまり聞かれたくないし、
自分から言いたいとも思わない。
そんなつもりで
聞いているわけではないのだろうけど、
どこかで、
自分の進み具合と
比較されているのかな、
と感じてしまうことがある。
だから私は、
人に「順調?」とは聞かない。
知っても、
知らなくても、
どうでもいい。